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静岡地方裁判所 昭和39年(行ウ)24号 判決

原告

村上俊三 ほか一名

被告

静岡県教育委員会 ほか一名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「原告らが静岡県高等学校教職員組合の組合活動をなすため、別紙目録記載の物件に立入り使用する権利があることを確認する。」旨の判決を求め、請求の原因としてつぎのように述べた。

一、原告村上は、昭和三三年四月より、原告理由は、昭和三二年五月より静岡県立袋井商業高等学校の教諭の職にあるもので、同校において原告村上は商業科を、原告理由は社会科を担任しているものであり、両名はいずれも静岡県立学校の教職員をもつて組織する教職員団体静岡県高等学校教職員組合(以下高教組という)の組合員で、原告村上は同組合袋井商業高校分会の分会長、原告理由は同組合中遠地区長の役にあるものである。

被告静岡県教育委員会(以下県教委という)は右学校の管理権を有し(地方教育行政の組織及び運営に関する法律第二三条第一号、第二八条)、かつ、被告静岡県立袋井商業高等学校長大角巌(以下校長という)は県教委の右権限に属する事務の委任を受け右学校の施設の管理をなすものである(同法第二六条第二項、静岡県立学校管理規則―昭和三二年三月五日教育委員会規則第一号―第一九条)。

二、被告県教委は、昭和三九年八月三一日付で原告村上に対し地方公務員法第二九条第一項により六ヶ月間停職する。原告理由に対し同法により三ヶ月間停職する旨の懲戒処分をし、該処分は被告校長より同年九月一日原告らに告知された。

三、かくて、同月二日より被告校長は、同人名義で「校長の許可なくして部外者の立入ることを禁止する」旨の掲示を同校表門と玄関になし、原告らが原告の加盟する高教組の組合運動(職務遂行の目的のないことを明示して)のため別紙目録記載の物件に立入るため校長に許可を求めようとしても被告校長、ならびに、被告県教委から連日にわたり派遣されている五名前後の職員が原告らの前に立ちふさがり、何らの理由を示さず、学校管理の必要上立入つては困ると実力をもつて拒否し続けた。

四、原告らに対する懲戒処分が違法であり取消さるべきものである点はしばらく措くとしても、停職処分の効果は、停職者はその職を保有するが職務に従事しない(職員の懲戒の手続及び効果に関する条例―昭和二八年三月二四日静岡県条例第三四号―第四条第二項)というのであつて、原告らの勤務校に立入ることを禁止されているものではない。

原告らは、高教組の組合員であり同組合袋井商業高校分会の分会員である。同分会は、従来より前記学校内において分会会議その他分会執行委員会等の諸会議、学校長との交渉を主たる内容とする組合活動をなしてきたものであり、原告村上はその分会長として右組合活動にていて各会議の招集、開催後の会議の主催、資料の作成整理、会議議案の準備、会議の結果の実施、分会内の連絡、学校長交渉などの役職員としての活動を、原告理由はその執行委員として右各会議への出席、分会内の連絡、資料の作成、記録、学校長交渉などの役職員としての活動を、また前記地区は従来主として前記学校内において地区会議を行つてきたものであり原告村上は右会議への出席、会費の徴収支払、決算などの活動を同理由はその地区長として会議の招集、議事進行、傘下各分会への連絡実情把握などの役職員としての活動を、それぞれ行つてきたものである。

五、右原告らの各活動は、職員の労働基本権としての団結権およびこれに由来する組合活動権に基くものであつて、原告らの右労働基本権は、被告らの職務上の監督権とは独立、別個のもので何らかかわりのないものであり、また被告らの施設管理権は公物本来の目的を達成するための校舎その他の施設の整備、維持、保存のための障害を除去するための作用で、本来組合活動を規制することを目的とするものではないから、原告らは右団結権を維持増進してゆくために合理的な範囲内で前記学校の施設を利用し得る権利を有し、一方施設管理者はこれを受忍する義務を負うに拘わらず、昭和三九年九月二日以降被告らは原告らが前記各活動をなす目的をもつて別紙目録記載の物件に立入らんとするのを実力をもつて阻止し、これを妨害している。

よつて、原告らが停職処分中において、組合活動のため右学校施設内に立入りこれを使用する権利があることの確認を求めるため本訴におよぶ。

被告ら訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、答弁としてつぎのように述べた。

一、請求の原因たる事実中、第一項前段の原告らの地位、身分および高教組組合員たる点は認めるが、同人らの現在における組合での役職は不知。同後段の被告らの学校管理権限は認める。同第二項は認める。同第三項のうち、被告校長が掲示をした事実のみ認め、その余を争う。同第四項のうち、原告らが高教組組合員、同組合袋井商業高校分会員たる点のみ認め、同組合員同分会の組合活動の点は不知。その余の事実は争う。同第五項は争う。

二、原告らは、高教組執行部、ならびに、動員参集者と認められる者ら約二〇名ないし五、六〇名で昭和三九年九月二日以降一九日までの間一八日間にわたり連日のごとく袋井商業高等学校に押し寄せて懲戒処分に抗議をとなえ、校長に面会を強硬に要求して学校内への立入りを行い、生徒登校中または授業中の校内にて校内にての静諡平穏と秩序を乱す方法、態容で集団的に行動したものである。

三、原告らの本訴請求は、法的に保護された利益と認め得ない単純な事実上の利益(反射的利益)をもつて原告らの権利と主張し、かつ、権利の侵害ありとするもので、現行法体系、法解釈上矢当である。すなわち、

(一)  原告らの主張する職員(公務員)の労働基本権としての団結権団体交渉権の内容については重大な制約が課されており(地方公務員法第五二条第一項、同法第五五条第一項)、また公務員の団体交渉権に対しては「懲戒に関する事項一は交渉の対象となり得ないものとされている(人事院規則)のであつて、原告らの懲戒処分に対し被告校長に交渉を求めて来校せる前項の所為は正当な団体交渉権の行使には当らず、これに対する被告らによる「権利侵害」は成立しない。

(二)  地方公務員は、その採用、服務、組合活動については地方公務員法の適用を受け、いわゆる特別権力関係とよばれるところの任命権者と個々の組合員との間の包括的指揮監督関係に服するものであり、原告ら教職員は、被告県教委が学校管理権の発動としてすでに定めてある営造物規則、学校管理諸規程に従い、被告県教委、ならびに、被告校長の身分関係についての指揮監督権に服すると同様に学校施設の営造物職員として被告らの職務上の指揮監督に服するのである。職員団体の構成員たる組合員としての地位もまた公務員たる身分を離れて存在しない。「組合員としての勤務先施設の利用権」は、公務員としてそこに勤務している関係上附随的に管理権者の黙示または明示の許容によつて発生するにすぎないのであつて、停職処分によつて「職務」を行うことができなくなつた職員が職務執行の目的で学校に出席することが禁せられた場合には必然的に組合員としての施設利用権はその期間中失われるべきものであつて、組合活動のために独自個有の施設利用権が認められるわけではないのである。

(二)  しかして被告県教委と職員団体たる高教組間、被告校長と原告ら組合員間において従来県立学校または本件袋井商業高校について、組合ないし組合員の学校施設使用を当然視する慣行も、黙示の特約等も全く存在しなかつたし、組合の独立個有の使用行為を正当視する慣行も、これらの承認が義務つけられていたと認めうべき事実も全然なかつたものである。

四、以上の理由によつて、原告らの本訴請求は失当であること明らかであるが、さらにこれとは別個に本訴を不適法とすべき理由として、本訴は原告らが停職処分中における学校施設立入使用権の存否、停職組合員の権利関係確認を求めるにあるところ、原告埋田は現在確認訴訟の原告適格を欠き同人の訴は不適法である。

原告ら訴訟代理人は、被告の右主張に対する答弁として「被告らの主張する第二項の事実は否認する。被告らは原告らをいかなる理由によつても立入りさせない方針で終始一貫していたのであり、原告らに対して停職処分の効果を不当に拡大し、無差別的に校内への立入を実力で阻止したのもである。同第四項につき、原告両名とも現在においては停職期間が満了しているものである。」と述べ、「なお、本訴は当庁昭和三九年(ヨ)第二〇四号妨害排除仮処分申請事件の本案訴訟として提起したものであるが、右仮処分申請事件は控訴審において取下げた。」旨付陳した。

理由

察するに、原告らの本訴請求は、原告らが被告県教委より原告ら主張の如き停職処分を受け、被告らより原告らがなおその教職員たるの地位を有する静岡県立袋井商業高等学校への立入を全面的に禁止せられたとして、右停職分期間中における原告らの右学校に対する立入、ならびに校舎の使用権があるとしてこれが確認を求めるにあることは、請求の原因に照らして明白であるところ、原告らの受けた停職処分の期間は、原告理由については昭和三九年二月一日まで、原告村上については昭和四〇年三月一日までであつて、その期間はすでに経過し、原告らの受けた停職処分の効果は右期間満了によつて消滅し原告らの学校への立入、ならびに校舎等の使用らが現在禁ぜられていないことは、弁論の全趣旨によつて明白であるから、仮りに、原告らの主張するような右停職処分の期間中におけると原告の右学校への立入、ならびに校舎等の使用権が認められるとしても、前記の如く右停職処分が失効し、学校への立入、ならびに校舎等の使用の許されている現在において右停職処分期間中の使用権の確認を求める法律上の利益は喪われたものと謂わなければならないし、また、本訴を本案訴訟とする原告ら主張の仮処分申請事件もすでにその控訴審において取下によつて終了していること当裁判所に顕著な事実であるから右事件についてなされた裁判の当否を判断する必要もないので、結局、原告らの本訴請求はその余の争点について判断するまでもなく失当であることが明らかでかる。

よつて、原告らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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